2018.03.11

ロートレックとパリの古本市

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ドイツの歴史家であるレシュブルクの著書「旅行の進化論」(邦訳1999年)は、青銅器時代から現代までの旅行形態の通史がコンパクトにまとまっていて、旅行の発展史をわかりやすく追うことができる。

ヨーロッパを視点とした記述であることは、今時の歴史学のトレンドからはすこし時代遅れなのかもしれないが、欧州における旅の歴史を学ぶ、というスタンスで割り切って読めば多くの知見を得ることができる。

その中に少し気になる記述があったので今日はそれをご紹介する。


第9章「旅行産業は団体旅行から」では、トマスクックをはじめとして、19世紀の旅行産業について語られている。
その中にトゥールーズ・ロートレックに関する以下のような記載があった。


>トゥールーズ・ロートレックのような画家が、旅行目的地のポスターを描いた。新聞は旅行特集を付録にして、旅行評論や広告を掲載した。(P161)


旅行が大衆化し経済の一端を担うようになることを指摘する一端のくだりであるが、はて、トゥールーズ・ロートレックは旅行目的地のポスターなど書いていただろうか。


確かに彼は印象派画家全盛のころ、モンマルトルのキャバレーに出入りし多くのポスターを制作した。そしてそのころ19世紀後半はフランスでも鉄道網が拡大し、レジャーが、余暇活動が社会に広がっていった。

その中で鉄道会社によるものを始め多くの観光地ポスターが宣伝のために制作された。ブルターニュが観光地としてポスターで宣伝され始めたのもこの頃からだ。
「そうだ、京都行こう」で有名なJRのデスティネーションキャンペーンでは、中吊りや駅貼りポスターで観光地を宣伝しているが、そのルーツは100年前にさかのぼることになりなる。


しかしロートレックが観光地のポスターを本当に作っただろうか。


これを調べるにはロートレックの作品を当たるしかない。「悪魔の証明」のいうとおり、「ない」ことを証明するにはすべての場合を確かめるしかない。


いまどきネット調べてみるとロートレックの有名なポスターは多く紹介されている。また東京・丸の内にある三菱一号館美術館で運よくロートレック展を開催していたので行ってみたが、しかし全集みたいなものはなかった。

「ない」ことを証明するにはどれも不十分であった。


そんなこんなしているうちに、なかなか調べる機会がなかったのだが、ついにその日がやってきた。


パリの古本市である。


パリ15区のジョルジュ・ブラッサン公園では、毎週古本市が開かれている。
公園の一角にある、体育館一つ分くらいはありそうなスペースに、何十ものお店がでている。

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閉店の時間が近づき、かたずけ始めている店もある中で、ついにその本はそこにあった。558ページもある大型本を手に取ると、店員(おそらく店主)が近づいてきて、それはいい本だぞ、という。これはすべての絵が掲載されいるか、と聞くと、ほぼ全集に近い、という。

値段を確認すると30ユーロ、約4千円。

考えられないくらい安い。それは自身が定める価値、つまりほしかったものがようやく入手できる、その対価として安い、という意味はもちろんがあるが、500ページ以上の、フルカラーの大型本がそもそも30ユーロで手に入ること自体、とてもお買い得感あり。

ついでながら、カバーには「350フラン」と表示してある。発行は1992年発行。フランスフランは当時24円程度らしくそれを基に計算すると約8400円。定価はそれなりの値段だったようす。

さて、肝心の調査の結果だが、やはり観光地のポスターはなかった。
風景を描いたものはないことはないが、しかし観光地宣伝のものではない。


有名な歴史家でも認識を間違え誤記をすることもあるのだなあ、とおもいつつ、しかしロートレックが観光地ポスターを制作したらいったどのようになっただろう、とすこし残念な気もする。いやもしかしたら地球のどこかにロートレックが書いた観光地ポスターがあるのかもしれない。


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2017.11.29

「旅行用心集」 八隅藘菴著 文化7(1810)年

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「地球の歩き方」が創刊されたのはWikipediaによれば1979年なので、私が卒業旅行でお世話になるころにはすでに10年がたっていたことになる。

卒業旅行は生れてはじめての海外旅行で、その時にやはり生れてはじめて飛行機に乗った。
手元に「地球の歩き方 ヨーロッパ’86~’87版」がある。
その奥書をみると、初版は昭和54年、つまり1979年に「’80年版」が発行されたことがわかる。

手元にあるものは、改訂新版発行(大改訂版)である。
手書きで「1986.7.7」とあり、これは購入日だろう。


最初のパートは各地の案内ではなく、海外旅行に関するいろいろな情報や注意書きが掲載されている。それだけで全800ページのうち、116ページまでを占めている。

第2章が「旅の手続き」、第3章「旅の道具」、第6章「旅の予算」、第14章「国境の越え方」などとなっており、このあたりに鉛筆で多くアンダーラインを引いている。クレジットカードや、外貨、現金、服装の件などなど、まだ見ぬ海外のこと、そして海外旅行とは一体何なのか、インターネットもない時代に、必死に想像し事前に学習していたことを想いだす。

しかし実は実際に旅にもっていったのは「地球の歩き方」ではなくて、JTBから出版されていた、似たようなコンセプトとのガイドブック「JTBのフリーダム① ヨーロッパ自由自在」だった。A5変型という大きさも同じ、ページ数は895ページ(1989年改訂2版)と、地球の歩き方より95ページ多い。
後発ではあるが、「地球」に追いつき追い越そうとした編集努力がみられるような気がする。

ところが先の旅の用心集のページは102ページと「地球」よりも10ページ以上も少ない。

初めて海外旅行に行く学生にとって、不安感と期待感を醸成しそしてそれに答えたのは間違いなく「地球」だった。文章も巧みだった。「Immigration (入国審査)」(P49)にはこのように書かれてある。

 いよいよ目的地に着いた。すべてが初めての体験で緊張する。
 でも、落ち着いて深呼吸を1つ。だれでもが通過していくのだから、
 自然にしていればうまくいくのだ。


「地球」を読んだ時の高揚感は今でも明確に覚えている。経験者の投稿などもそれを旅のリアリティを醸していた。しかし出国手続きの記載は何度読んでも実感がわかなかった。今にして思えば出国審査自体はそこまで大げさなものではなく、また事前に勉強するようなものでもないような気もするが、まあ、そういう時代だったのだろう。


前置き長くなったが、さて、なぜそのようなことを突然思い出したかといえば、先日、古本屋で

 「旅行用心集」 八隅藘菴著 文化7(1810)年

という本を見つけたからである。


これはタイトル通り、旅に出かける人に対するその準備や旅先で注意すべきことが書かれているガイドブックである。

冒頭はこんな感じ。


 夫(それ)人々、家業の暇(いとま)に伊勢参宮に旅立するとて其用意をなし、道連等約束し、いついつかは吉日と定、ここかしこより餞別物など到来し、家内も其支度とりとりに心も浮立ばかりいさきよきものハなし。

 ジャーナリストの今井金吾があとがきを書いていて(1971年)、「今でも通用する旅の心得を集大成したのが」この「旅行用心集」と解説しているが、まさしくそれは「地球」の最初のパートと同じである。


「旅行用心集」の170年後に出版された「地球の歩き方」であるが、その意図するものに共通性があるとするならば、旅に出る人の気持ちは時代を経てもあまり変わらないものなんだと思う。


ところがデジタルエコノミーのさなかの現代、インターネットでありとあらゆる情報が手に入り、写真や動画、そして口コミでリアルタイムで遠く離れた地の情報が入手できるようになった。

旅行者は旅に出る前に、期待と不安が入り混じることはあるのだろうか。
それは昔とどの程度違っているのであろうか。

よく最近は、旅先での交流や体験が重視されるというが、旅先で期待する内容が変わってきている。しかしあんがい、旅に出る前の気持ちは変わらないこともあるのかもしれない。


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2017.03.15

渋沢栄一のことば ジャパン・ツーリスト・ビューロー発足に際して

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ジャパン・ツーリスト・ビューロー(現JTB)が1912(明治45)年に発足した際に、「日本資本主義の父」渋沢栄一がその創立に対してどのような期待をしていたかを表す言葉を紹介しましょう。


当時渋沢栄一は、外国人賓客接遇の機関である「喜賓会(ウェルカムソサイティー)」の幹部の一人でした。
喜賓会は1893(明治26)年に設立され20年がたっていましたが、事業は資金不足で厳しく、事業を引き継ぎ強化する先を探していたところ、ちょうどジャパン・ツーリスト・ビューロー発足の話を聞いたそうです。


ジャパン・ツーリスト・ビューローの創立総会は、同3月12日午後2時から鉄道院で開催され、喜賓会はまもなく解散。


その際の渋沢栄一の希望は以下のようなものだったそうです。

喜賓会が解散して有力なツーリストビューローの生れたことは恰も陳渉呉広が漢の高祖をつくり出したようなもので、喜賓会のこれ迄の事業が不振であつたにせよ、この新計画を生み出すひとつの動機となつたことによつて喜賓会は成功し且つその目的を果たしたともいえる。ただ高く飛ぶ鳥はあまり羽ばたきせぬものであるが、ビューローもあせらずに、じつくりとその事業を進め、大成を期されたい

(四拾年の歩み 1912-1952 財団法人日本交通公社 PP4-5)


「恰も陳渉呉広が漢の高祖をつくり出したようなもの」とは、なんという期待でしょう。
というかこんなたとえ話、凡人にはとてもできません。

高く飛ぶ鳥は、あまり羽ばたきをしない。悠々と空を飛ぶ鳥のように、じっくりと事業を行い、大成を期する。


いったいこれほどの贈り言葉が他にあるでしょうか。


105年後の今、改めて共有しかみしめたいことばです。


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2017.02.13

DMOとマーケティング

DMOを始めて一番先に何を考えるべきか、と聞かれたら、私の答えは、マーケティング、です。
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DMOの「M」がマネジメントを指すのかマーケティングなのか、いやその両方、という議論がよくあります。
また「日本型DMO」と称される場合には、地域における関係者が一致して観光に取り組む、ということを主眼に説明される場合も多いように思います。
もちろん、地域における観光地マネジメントの必要性は言うまでもありません。

マネジメントが先かマーケティングが先か、という議論をするときに、私はいつも思い出すことがあります。


それはDMOにさきがけること10年、着地型観光の必要性が言われ始めてから、日本各地で地域が主導する観光が取り組まれました。
ところが地域においては、観光資源を発掘しそれをいかした取り組みをしたのに、肝心な観光客が全然来ない、という状況を時折耳にします。観光客がいつまでも来ない取り組みに地域が疲弊してしまう、という最悪なことも起きているようです。

観光客の来ない観光地域マネジメント、というわけです。


私はこれを良しとしません。
観光客が来て初めてその地域は観光地となり、経済効果や雇用が生まれる、と思うからです。


DMOに必要なのは、マーケティングです。
より正確に言えば、マーケティング戦略の策定とその実践です。

もちろん、マーケティングにより観光地域を推進する際のすべての課題が解決するわけではありません。
マネジメントとマーケティングのバランスが大事です。
そしてそのバランスは、観光地のステージ=観光地がどのような状態なのか、によって変わってきます。

しかし、地域創生、地域活性化のために観光客を呼びたい、という文脈の場合に、先に地域マネジメントが来てしまい、地域で盛り上がっていろいろな取り組みはするものの、観光客がいつまでたっても来ない、という状況はなにかおかしな気がします。みなさんの地域はそのような状況になっていないでしょうか。


もし地域の取り組みに、なにか閉そく感が漂い、なかなか手ごたえがない、という場合には、一度その取り組みをマーケティングの観点から見直してみることをお勧めします。


たとえば北欧。みなさんはオーロラを見てみたいですか。
今では多くの人が、マイナス20度以下の野外でオーロラを見にいきますが、30年前はそれは極めて限られた市場規模でした。
しかしそれが今や冬のメジャーな観光のひとつといってもいいほど人気があるのは、関係者のマーケティングの努力の結果でした。


およそどんな観光地でも必ず観光客が訪れる潜在力はあります。しかし取り組みを適切に行わなければ、観光地にはなりえません。
観光地マネジメントをどんなに一所懸命行ってもなかなか人が来ない、そういう時には、ぜひマーケティングを思い出してみたらいかがでしょうか。

きっと新しい道筋が見えてくるものと思います。


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2017.02.04

DMOとDMCの違いについて

日本版DMO(デスティネーション・マネジメント・オーガニゼーション)が各地に誕生しています。
訪日外国人4000万人時代を迎える原動力になることを期待したいですね。

ところで似たような3文字英語に「DMC」=デスティネーション・マネジメント・カンパニーという言葉があります。
この2つの混同ぶりが、さいきんちょっと大きくなってきたと感じることが多いので、今日はそのことについて書いてみます。


例えば、ウェブを検索するとこんな表現がヒットします。

>DMOがMarketing(マーケティング)が主軸なのにたいして、DMCはManagement(マネジメント)が中心

また日本政策投資銀行が2013年に発行したレポートには、以下のような記載があります。

(注)DMOとは
DMOは、Destination Management/Marketing Organizationの略語であり、当レポートでは、Destination Management Organizationを指すこととする。DMOはいわば「観光ビジネス活動体」であり、我が国においては、DMOよりDMC(Destination Management Company)という用語が利用されることの方が一般的である。JTBグループはDMCの定義について「地域の知恵、専門性、資源を所有し、イベント・アクティビティー・輸送・運送計画のデザイン・提案に特化したプロフェッショナルなサービスを提供する企業」としており、欧州におけるDMO
(Destination Management Organization)と概ね同義で使用されるケースが多い。


「地域のビジネスとして発展するインバウンド観光」より
http://www.dbj.jp/pdf/investigate/etc/pdf/book1303_01.pdf


少し古い資料ですが、信頼できる機関のレポートの記述は重要です。
しかし個人的にはこの記述がその後の誤解を招いている原因の一つではないかと感じています。
つまり、JTBが定義するDMCと欧州のDMOがおおむね同義で使用される、というところです。

ここで紹介されているJTBの定義は、後でご紹介するDMCそのものです。
地域の様々な素材、サービスを組み合わせて手配をし、それをツアーオペレーターや顧客に届ける役割です。

ただ、今後JTBがそのDMCの解釈を拡大し、DMOのように発展していくかどうか、ということは別の話です。


話がややこしくなるので、ここでは定義のことに絞りましょう。

DMCの定義を、観光研究者の間で定番となっている観光辞典「Encyclopedia of Tourism」(2000年第1版)でみてみましょう。


続きを読む "DMOとDMCの違いについて"

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2016.03.20

新・観光立国論

デービッド・アトキンソン 新・観光立国論
で主張されていることは、シンプルにいえば、経済効果が生まれるような、そして雇用が創出されるように、観光をちゃんとやりましょう、ということのように感じます。


その主張自体は決して新しいことではありません。観光が雇用創出につながる重要な産業である、という認識は、観光研究、あるいは観光政策上も基本中の基本です。


しかし日本では高度経済成長期を経て、観光が急激に大衆化したため、誘客にそれほど努力しなくても観光客が来ていた時代を経たこともあり、観光のマーケティング力が開発されて定着しませんでした。
そういったことも要因の一つとして、観光客の激減に悩む今、観光地をどう宣伝するのか、そこでどのような商売をし、商品、サービスを提供するのか、といったいわゆる観光マーケティングのノウハウがいまだに弱いのです。

アトキンソン氏が、外国人観光客をたくさん呼んで、お金を落としてもらったらいい、とダイレクトに主張することに、観光産業、観光政策の関係者はいい意味でもっと便乗して、いい商品、いいサービスを提供する機会につなげていることが大事です。


そのためDMOへの期待も大きくなります。

しかしDMOという組織を作っても、そこに観光マーケティングのノウハウがなければ、そのノウハウを持った人材がいなければ、結局いままでの「観光協会」とあまり変わりません。


そこでその人材輩出に期待がかかるのが、今や全国にある観光を学べる大学です。
試しに観光を学べる大学・短大をリクナビ進学で検索すると195もヒットします。

5年~10年でDMOが整備されれば彼らの活躍場所もできます。DMOによって、訪日外国人客の増加を背景に、今後、日本の観光シーンはこれまでとまったくちがったものになる潜在力をもっているでしょう。

その実現に向けて、観光系の大学・短大の先生には、観光、そして日本の将来を担う人材を輩出するような教育をしていただきたいとおもいます。


もちろん未来は待ってくれません。今できることを、今いるプレイヤーでやっていかなければなりません。


今まさにDMOを、具体的に推進していかなければなりませんね。

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2015.12.24

DMOとは何か そして日本版DMOとは?

さて、DMOとはいったいなんのことでしょうか。


これは日本政府、観光庁の正式なホームページにきちんと説明されています。

http://www.mlit.go.jp/kankocho/page04_000053.html

「観光地域づくりの舵取り役を担う法人」のこととあります。


日本の地域における観光振興の特徴的な背景として、多様な関係者の合意形成が難しい、ということがあげられます。合意形成どころか、関係者を特定することさえ難しいでしょう。あれは観光事業者がやっていること、観光は住民には関係ない、そういったところは多くあります。


その意味で、観光庁が観光政策の柱の一つとしてDMOを推進することにより、観光地の、まずは合意形成をはかることが大事なんだ、と明言することは画期的なことだと感じます。
観光が大事だといって、でもお金(予算)はつけないよ、という理屈はいまだ多いのではないでしょうか。観光政策がその地域のプライオリティとして本当に高いかどうかは、予算の大小が一つの目安になるでしょう。

しかしながら、この政策が大きな一歩であることは間違いない、と認識したうえで、さらに発展してもらいたい、とあえて今いいたい、ということもあります。


それはなにか。


例えばここ、欧州では、DMOという言葉が一般的か、といわれれば、けしてそうではありません。

もちろん、世界一の観光地域ですからDMOがないわけではなく、また観光研究者の中にそれを研究している人もいますが、それは探せばいる、という程度。

観光推進の主体はあくまで観光協会です。

といっても、その機能を個別にみれば、日本版DMOと同じようなものもあり、その違いは単なる定義の違いだけであり、DMOは欧州にはあるとかないとかいう議論はあまり意味はありません。

大事なのは、それぞれの国や地域が抱えている課題を観光政策として解決する一つの形として、DMOがあること、そしてその生い立ち、背景が国や地域で違う以上は、DMOの役割も違ってくる、国や地域によって違ってくるということです。

それを踏まえたうえで、今あえて、日本版DMOに要望したいこと、期待したいこと(しかし観光庁のHPには掲載されていない機能)はなにか。


それは、ビジョン形成と、(ツーリズム)マーケティングと、中小企業振興、の3つです。
その目的は、中長期的な発展、つまり持続可能な発展と、世界の中の市場としての競争優位を生む源泉を創造することです。


もちろん、もっと広い目で見れば、それらは観光行政以外で推進されているといえばされています。
例えば中小企業振興は、経済産業省の管轄でしょう。それが連携して機能していれば、もちろん問題などありません。


3つの内容の詳細は次の機会にご説明しますが、例えば、先日スペインのある都市にある大学の観光研究者が、その都市の観光政策についてプレゼンをしていました。
そこで説明されたほとんどはマーケティングのことでした。地域活性化と観光をテーマにした講演を期待した人にとっては意外だったようです。
その都市は、すでに世界的なスポーツイベントが開催され、世界でも有数の観光地であるにもかかわらず、顧客創造を目指すマーケティングが、観光政策の重要な柱なのです。


顧客創造の行為であるマーケティングは、そもそも日本の観光ではあまり重視されていないように感じますが、これはプロフェッショナルなスキルが必要です。


と、いろいろとありますが、DMO政策が掲げられた今、今後の観光がおもしろくなりそうな気配がします。

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2015.12.19

オランダ レーワルデンとステンデン大学

オランダの北、アムステルダムから電車で約2時間、フリースランド州レーワルデンという街があります。

ずっと上り続ける階段の絵で有名なエッシャーの生まれたところです。

小さな町ではありますが、こんな斜塔があったりして、アムステルダムから鉄道を使って日帰りするにはとても素敵なところです。

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この街にステンデン大学という学校があり、Tourism Managementをはじめ、観光関連の学科がいくつかあります。

https://stenden.com/en/studies/tourism-management-bachelors-degree/


欧州観光未来機構European Tourism Futures Institute という研究機関も大学にあり、シナリオプランニングの手法により、観光やホスピタリティ分野の将来の在り方を提言しています。
http://www.etfi.eu/

先日、ここの学部生が地域活性化の取り組みを行う、というので意見交換をし、「宝探し」というエコツーリズムの手法を紹介してきました。

レーワルデンは2018年、国連の取り組みである欧州文化首都にしてされており、さまざまな文化イベントが企画されています。彼女たちはそのうちのプロジェクトの一つに携わっていて、地域社会と連携し、ツーリズムプログラムを策定するとのこと。

地域の宝を探して磨きあげ、ツーリズムにつなげていく、という考えには共感していただけたことはとてもうれしかったです。観光が持つ価値は世界共通ですね。

この大学はホスピタリティ学科があり、ホテルやレストランが併設され学生が運営をしています。


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ここのレストラン「ワネーWannee」はとてもお勧め。
オランダで有名なシェフ、アルバート・コーイ氏がお手伝いをしています。

厨房も見せていただきました。最新鋭の設備で、お客様からの注文からすべてコンピュータで厨房に伝えられるのだそうです。

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昼食でしたが、3コース、15ユーロと値段もリーゾナブル。
とてもおいしくいただきました。

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是非みなさんも機会があれば訪れてみてください!

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2015.04.19

デザインとイノベーションとスペイン

ときどきハッとするデザインに出会うことがあります。

なぜハッとするかといえば、自分がこれまで思っていた
ものと違っているからです。

デザインそれ自体が革新的なこともありますが、
そのデザインが自分の認識を変える、という意味で
それはイノベーションの一種ともいえるかもしれません。


さいきん宿泊したスペインのホテルで、
こんな洗面台がありました。


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洗面台にボウルがない!
なくていいのか!!

生まれたばかりの赤ちゃんが、顔の表情を認識できるのは
パタン認識の能力のおかげとも言われていますが、逆に言えばパタン
と認識されないと、その物自体がそれと認識されない、ということです。
これが洗面台なのか!とおもったのは、パタン認識の
おかげですね。

しかし次に同時に思い出したのは、
マインドセットという言葉です。


考え方の枠組み、くらいの意味でしょうけれど、
ビジネスではときどき、先入観、固定観念といったような意味で、
イノベーションを阻害するものとしてネガティブな意味に
使用されることがあります。


洗面台にボウルがなくてもいいのです。手が洗えて顔が洗えれば。


そして洗面台とボウルとの接続部分がなく、縁もないので、
掃除がしやすいというメリットがありそうです。


洗面台にはボウルがあるもの、というマインドセットから
解き放たれた洗面台。
デザイン、というのはなんて自由なんでしょう。

そしてついさいきん、スペインの別のホテルで、またボウルのない
洗面台をみました。

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でも、さすがに浅すぎるような気がしないでもありません(苦笑)。
ただ洗面台で洗濯をするのは防げそうです。


イノベーションはいろいろなところに存在しているのですね。


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2013.11.10

トマスクックに関する本

トマスクック社の歴史に関する本を集めてみました。


トマス・クック物語―近代ツーリズムの創始者

トーマス・クックの旅―近代ツーリズムの誕生 (講談社現代新書) [新書]


トマス・クックの肖像―社会改良と近代ツーリズムの父 (丸善ブックス)


トーマスクック社には、THE THOMAS COOK ARCHIVE  と呼ばれる有名な資料室がありますが、
今年の9月にそれらがデジタル化されることが発表されました。

http://www.amdigital.co.uk/m-news/digitization-of-the-thomas-cook-archive/


資料性の高い資料も多く、ネットなどで見られるようになれば研究資料として
利用するのにとても便利になりそうですね。
有料か無料かが気になるところですけれど。


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