2017.04.30

弱いつながりと観光の新しい意義

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弱いつながりWeak tie は観光経験にこそあてはまる、とおもっていたら、東浩紀が似たようなことを書いている、という話。


弱いつながりWeak tie という考え方を知ったのはもうずいぶん前のことです。

アメリカの社会学者グラノヴェッターの研究で知られ、最先端のネットワーク理論でも参照される理論なのですが、かなり簡略に説明すれば、家族や会社の同僚といった、強いつながりを持った仲間からよりも、普段はあまりおつきあいの少ない知人とのネットワークのほうが、ある側面では、(例えば就職の情報など)有益な情報が得られる、といったことです。


毎日のように会っている人とは、一緒にいる環境が似通っているので共有する情報も多くなります。一方普段あまり会わない、社会的なつながりの弱い人からは、まったく自分が知らなかった世界の情報を聞くことができます。

東浩紀は、ずっと一緒にいる村人と、自分探しをする旅人の、その間に観光客を位置づけていました。(「弱いつながり」(2014))。観光を偶然の出会いを探す場とし、ある意味、その無責任な立ち位置をポジティブにとらえています。

ネットは人間関係や得られる情報を固定化する、というのも彼の主張。これはネットは人間関係を薄くする、という一般的な感覚とは逆の発想です。SNSでは昔の知り合いと別れることなくつながりつづけ、検索をすれば、自分の検索履歴から興味を絞り込み、意外性のある答えではなく、その人にあった検索結果を表示します。検索ワードを増やそうと思ったら、意識してそこから離れる必要があります。


一方、旅先で出会う人はすべて想定外。そこで得られる情報は予定していないことばかりです。
そうして自分の世界がひろがっていく。東的に言えば、「グーグルが予測できない言葉を手に入れよ!」。

旅が大衆化し、冒険家でなくても「秘境」に行けるようになった時代、観光の新しい意義が提案されることに、観光の新たな可能性を感じたGW前半でした。


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2017.04.09

イタリアでルパン三世が有名だという話を確かめてみた

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欧州で勤務をしていたころの大きな収穫(?)の一つは


 ルパン三世はイタリアでは知らない人はいないくらい有名だ


との知見を得たことである。同じ職場で働いていたルパン三世のように顔が長い同僚から教えてもらった(日本人)。


たしかにネットで検索をしてみると、イタリアではそれなりに人気であることがわかる。しかしそれはネットの情報、本当なのかいまひとつわからない。いつか実際にイタリアを訪れ、イタリア人に聞いてみたいものだとおもっていた。

そんなことで若干の月日がたったころ、運よくイタリアのナポリを訪問する機会が訪れた(2016年秋)。これでイタリア人にルパン三世が本当に有名かどうか確かめることができる! 現場主義の「ツーリズムマーケティングのフィールドから」にふさわしい。


ナポリといえば、ピザ、エスプレッソが秀逸。17世紀、イギリス貴族の若者がこぞってグランドツアーに出かけたその終着地点。「ナポリを見てから死ね」といわれるほど風光明媚なところで有名だが、ナポリを見たら死ぬ、とも言われるほど治安もよくない(そんなことはない、という人も多いけれど)。エスプレッソはとてもおいしゅうございました。


ベスビオ火山は市心からも約10㎞と近く、裾野から見ることができる成層火山。幼いころ聞いた、「行こう、行こう火の山へ~、、フニクリフニクラ・・・、」という歌が、ベスビオ火山のケーブルカーのことをうたったものだと知り衝撃。

「サンタールチーア~、サンタールチーアー~」という歌もご存知でしょうか。
サンタルチア港はナポリ。これまた驚き。

そして「帰れソレントへ~、帰ーれよ~」の歌詞のソレントは、ナポリ県、ナポリから30KMにある。「帰れソレントへ」。ナポリ民謡(カンツォーネ)の一つ。


これほど日本人に馴染みのあるナポリで、ルパン三世のことを尋ねることになろうとは。
(ちなみに私はルパン三世の大ファンで、「カリオストロの城」の台本の本を持っていてセリフはそらですべて言えます)

さて、サンタルチアにあるカステル・デローヴォ、通称「卵城」の向かいにあるレストランに2回通ってスタッフと仲良くなり、2回目に質問をした。

  ルパン三世ってしっているか。

  はぁっ?(何のことかわからない様子)

  ルパン三世!

  オー、ルパンザサード!!


もちろん、最初からそういったつもりだったけれど。

 

  ジゲン、ゲーモン、マルゴー!!

 
  ?????

ジゲンは次元大介だ。
一緒にいた同僚はひげをはやしていて顔が長く次元大介のようだったので、そいつを指さして、

  

  彼は次元だ

といったら、オー、ジゲン、と妙に受けた。


つまりイタリア人にルパン三世は(どれだけ有名かどうかはわからないが)知られている、ということが証明された瞬間だった。感動。ほかのスタッフも同僚の次元大介を見に近寄ってきた。

それにしても、ジゲンはわかったが、ゲーモンとマルゴーとはなにか。

ルパン三世で出てくる人物は、他には五エ門と不二子、あと銭形しかいない。
そうか、もしかしてゲーモンとはゴエモン(五エ門)のことか。とするとマルゴーは。。
そこで思い出した、不二子は名前を変えていることを。

そう、マルゴーとは不二子のことだ。たしかネットで見た記憶がある。


さらに尋ねる。

  イタリアでは「ルパン三世」は有名か。

  ああ、有名だ。

  

やったー、ルパン三世はイタリアで有名だった!


記憶に残る旅だった。

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2017.03.13

お知らせ 新宿区自治フォーラム2017 「新宿区のまちの魅力とブランドづくり」(3月18日)

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新宿区のまちの魅力と「新宿ブランド」づくりについてのフォーラムです。参加費無料です。
私もパネリストとして参加いたします! 新宿に散歩、買い物のついでに是非どうぞ。

主催 新宿区新宿自治創造研究所


<開催概要>

平成29年3月18日(土) 午後1時30分~4時30分(午後1時開場)

新宿文化センター3階小ホール(新宿区6-14-1)

先着150名 入場無料

http://www.city.shinjuku.lg.jp/event/jichi01_002032.html


<内容>

(1)報告:新宿区の紹介(基本構想、自治基本条例など)、新宿区のまちの魅力(研究所レポートより)

(2)講演:牧瀬 稔/地域開発研究所上席主任研究員「地域ブランド戦略とこれからの新宿区」

(3)パネル・ディスカッション:

パネリスト:牧瀬 稔、小林 裕和/JTBグループ本社グローバル事業本部、大森 徹哉/新宿~御苑~四谷タウン誌『JG』発行人、菊地 加奈江/新宿観光振興協会事務局長
コーディネーター:金安 岩男/慶応義塾大学名誉教授・新宿自治創造研究所長

その他
手話通訳あり


※新宿区ホームページから引用

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2017.02.25

観光研究の情報発信サイト

オランダからの帰国を記念して(?)ウェブサイトをリニューアルしました。

http://hirokazukobayashi.travel.coocan.jp/homepage/

観光研究のいっそうの普及に向け、観光研究者だけでなく、観光実践者にも役に立つ情報を発信していきます。

かなりゆるい感じで。。

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2015.12.27

オランダの冬

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オランダで2度目の冬を迎えました。

今のところ昨年に比べとても暖かく快適です。
冬至を越えたので、あとはどんどん一日が長くなります♪

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ライデンの教会。

今日、クリスマスの翌日はボクシングデー。お店はほとんどお休みです。

にぎやかに過ごすクリスマスもいいですが、少し寂しい穏やかな街もまたいいです。

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2014.12.24

HP引越しました。

みなさま お元気ですか。

あっという間に今年も終わりそうです。

今年は研究活動は思ったように進まず、いよいよ来年こそは、と毎年と同じくらい
思う今日この頃。


ーーー

引越しをしHPのサーバーの契約が切れたため、
HPも引越しをしてURLが変更になりました。

新しいURLです。

http://hirokazukobayashi.travel.coocan.jp/


内容は近々更新できればいいなと思っております。


初めてHPを公開したのは1995年、ちょうど20年前になりますね。
Windows95が発売され、インターネット接続が標準で装備され
それまではごく簡単なプログラム(とはいえない、スクリプト)を書く必要が
ありましたから画期的でした。

たかだか20年前のことですが、まだパソコンの世帯普及率が15.6%、
インターネットの世帯普及率が3.3%以下でした。

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/6200.html


当時、インターネットにより消えてなくなる商売の筆頭に
旅行業が挙げられていましたが、はたして、いまなお支持されているといえるでしょうか。
そして20年後はいかに。

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2014.04.01

新入社員と観光の未来

4月1日、駅に向かう途中、新しいスーツをきた若者団体ご一行にあいました。
毎年この時期に出会う光景。駅の近くに会社の寮でもあるのかもしれません。

1か月、2か月とたつにつれ、団体の人数は少なくなり、
半年もたつと、もうだれが新入社員かはわからなくなります。
最初は一緒に通勤していた新入社員も、慣れてくれば自らの通勤時間で別々に
出勤するのでしょう。


また、何年かすれば会社を去っていく人もいるかもしれません。
いまどき転職は普通のことですし、キャリアアップには必要なことも
あります。


ただ、若いうちは与えられた仕事にまずはとりくんでみたらどうでしょうか。


やりとげて初めて見えてくるもの、得られるものは必ずあります。

嫌なことをなにくそと思って乗り越える経験によって、
実力がついてくるものです。


将来にわたって仕事には困難はつきもの。

これから日本の観光業、訪日インバウンド業界が世界水準に
おいつくために、若いひと、経験のある人、みなが努力をしていく
必要があります。

この産業にはまだまだ未成熟な部分もあり、なかにはやりがいが
感じられなくて、観光業から去っていく人もあるでしょう。


しかしその未成熟な産業の未来をつくっていくのも
私たち。
そのぶんやりがいがあると感じることもできます。

未来を予測する一番いい方法は、それを創り上げてしまうこと。


観光業を、訪日インバウンド産業を、そんなチャレンジングな気風で
みなでもりあげていきたいものです。

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2013.08.24

宮脇俊三先生と私

私の手元にある「汽車旅12カ月」(宮脇俊三著、新潮文庫)の奥付をみると、

 昭和57年 4月25日 発行
 昭和57年 10月20日 四刷

となっています。

黄色い表紙が特徴の「終着駅は始発駅」は、単行本が手元にあり、同じくその奥付は

 昭和57年 8月20日 発行
 昭和57年 11月20日 四刷

とあり、文庫本の「汽車旅12カ月」より、同じ4刷で1か月おそい日付ですね。

この2冊が、宮脇先生の著作の中で、私の最も古い記憶のものです。


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ある時、家にあったものを(おそらく母が購入したと思われるのですが)、
それまで特に鉄道が好きなわけではなかったのですが、
なんとなく手にしたものと思われます。
記憶があいまいなので、どちらの本が先にあったか、
あるいはすでに2冊ともあったのかはよくわかりません。


次に手にした作品は、意外にはっきり覚えていて、

 「最長片道切符の旅」(新潮文庫)

でした。

これは

 昭和58年 4月15日 印刷
 昭和58年 4月25日 発行

となっていて、文庫本としての初版です。

文庫本ではありますが、宮脇先生の本が新しく発行されたと喜んで購入して読んだ記憶があります。

私にとってはこの3冊がかけがえのないバイブルであり、ある意味私の人生に大きな影響を与えた宮脇先生の著作です。最初に読んだインパクトの大きさは、今なお忘れません。
全国各地を旅するきっかけとなり、旅の楽しさを教えてくれたのは宮脇先生でした。


浪人時代には、世田谷の実家の前まで訪問したこともあります。
もちろん会う約束もないのでそのまま引き返してしまいました。

大学時代にファンレターを出したら、なんと直筆でお返事をいただきました。
当時国鉄民営化で世論がにぎわっていたころでした。すこし生意気なことを
書いた記憶がありますが、
「言いにくいことをズバリと仰言ってくださったことを深く感謝します」
というお返事をいただいてしまいました。

いま直筆で書かれたその手紙を見ると、あらためてそのお人柄がしのばれ、
一方でそれなりに大人になった自分の普段の態度を顧みて、恥ずかしい思いがします。


「時刻表2万キロ」で最後に紹介されているのは、
開通日に乗車した気仙沼線です。

もし2011年に宮脇先生が生きていらっしゃったら、どんなコメントを
おっしゃったことでしょう。


なくなられたニュースを聞いた時、宮脇先生とゆかりの深い編集者のところに行き、
いろいろな話をお聞きして、悲しくて涙が出たことを思い出します。

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2013.04.04

春はもうすぐ、北海道

久しぶりに北海道大学に行きました。


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東京は桜が満開でしたが、北海道大学構内はまだ雪が積み重なっています。
道路はすっかり雪解けし、この時期雪が汚れてあまりきれいではありません。

東京にくらべればまだだいぶ寒いですが、それでも春に向かっているとおもうと、
なにかわくわくした気分になります。


これまでご指導をいただいていた先生が2012年度を持って研究センターを
退任されました。
初めてお会いしてから15年がたちましたが、本当にありがとうございました。

博士論文についてはひきつづきご指導いただけるとのことで
大変ありがたく思います。


いよいよ新しい年度の始まりですね。


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2012.10.05

1995年ビルゲイツの電子メール”インターネットの大津波”

1995年5月26日、ビルゲイツは


「インターネットという大津波」


というタイトルのメールをマイクロソフトのエグゼクティブスタッフ全員に
発信しました。


そのメールがファックスさらたものがこちらにあります。PDFファイルです。
「部外秘」(confidential)と押されたスタンプが生々しいです。


http://www.justice.gov/atr/cases/exhibits/20.pdf


本物のメールが公開されてしまうことがすごいですね。
でも本当のすごさは、1995年にインターネットの今後の威力を予言した
ビルゲイツの洞察力と、そのメールの歴史的な価値をきっとみなが認めて
一私企業の経営トップのメールが公開されることが認められてしまう
その懐の深さです(アメリカ社会の?)。


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