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2004.02.26

温泉ブーム3

一方で、掛け流しでなくては温泉ではない、というなかば偏狂的な傾向が生じてきたことも事実です。
まだ善良なマスコミはそれほどではありませんが、「温泉通」が掛け流しを絶対的な価値観としておくような傾向が一部に見られるようになりました。
もちろん、掛け流しでないことをごまかそうということではありません。そもそも温泉が人間を癒してくれる力、というのが本来の温泉の使い方だとするならば、掛け流しに入ればいい、という価値観ではけしてない、ということです。
「総合的生体調整作用」といいますが、温泉の泉質がいいこともさることながら、温泉地の自然景観や、温泉地域での適度な運動やおいしいものを食べて栄養取る、そういったものの総合的なよさにより、人間は健康を回復する。それには一定程度(2~3週間)の長さも必要です。
そういったことの理解をすすめることも重要なはずなのですが、掛け流し偏狂症では、その機会を失いがちになることに、危機感を感じるのです。

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2004.02.25

温泉ブーム2

掛け流しブームは、温泉の泉質に対する正しい知識を普及するのに貢献しているといえるでしょう。
そもそも自然の恵みである温泉には、さまざまな成分が含まれていて、人工ではなかなかつくりえない、まさしく自然の恵みです。しかし、掘削により噴出した「温泉」と定義されたお湯は、その多くが一般の人が温泉に抱くイメージの効能とはかけ離れたものになっています。さらに湯量が少ないと、水を足したり沸かしたりしており、さらに、それを循環して使っている。
自然の恵みの効能はほとんど薄れている状態といえます。
そのような事実がある、ということを、掛け流しブームのおかげで知ることができるようになりました。これはよかったことです。

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2004.02.21

温泉ブーム

今は第三次とか第四次温泉ブームといわれています。東京では毎日のように旅番組で温泉が紹介されています。
一方で、古くから温泉の活用法としてあった湯治は減る傾向にあります。しかし、最近はその湯治が見直されつつある、という事例も出てき始めています。
それは現代の病んでいる部分を温泉が癒してくれているようでもあります。
その温泉の泉質が注目を浴びているのも自然の流れでしょう。源泉のお湯をそのまま湯船に入れていることを「掛け流し」といいます。私はあまりこの言葉自体は好きになれないのですが、すべての温泉場が掛け流しというわけではありません。
しかし、この温泉ブームは、秘湯と露天風呂につづき、掛け流しも追い求める傾向がでてきたようです。
この掛け流しブームは、旧来からの温泉地をも動揺されるくらい、功罪併せ持っています。最近は旅館に対して掛け流しかどうか、という問い合わせがくるのだそうです。

功罪併せ持つ、というのはどういうことか。
次回、詳しく書こうと思います。

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2004.02.17

忙しい日

忙しい日は、忙しいのにさらに仕事が入って忙しくなる、そういう法則があるような気がします。

今日はすこしのんびりしよう、と思って仕事をちょっとだけ先延ばししていると、突然次々と仕事がでてきて、ああ、のんびりしないで仕事をしていればよかった、と思うこともあります。

でも忙しいときには、すぐに仕事をかたずけなくては次の仕事がすぐはいってきます。すぐにかたずけるとまたすぐに次の仕事がはいってくるので、次々に仕事がはいってくる。

といっても年中そういうわけではありませんが。

観光地にも、つぎつぎにお客様がくるようになって欲しいものです。

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2004.02.13

温泉昨今

温泉ブームが続いています。このところの特徴は以下の2点あるようです。

○掛け流し至上主義
○湯治が見直されている。

レジオネラ菌発生による事故がおきて以来、湯船にはいってくるお湯が、源泉そのままなのか、それとも循環して使っているのか、水などで薄めているのか、沸かしているのか、といったことの問い合わせが旅館にも増えたそうです。
そして、源泉からそのまま湯船にお湯をひく、掛け流しということが一番いい、とされるようになってきました。

また、湯治客は年々確実に減っているのですが、最近は若い人が湯治をするケースが増えているとのことです。
それは以前のように長期ではなく、数日間のこともあるそうで、いわば現代版の湯治です。また温泉療法も実践されるようになりました。

まだまだブームはつづきそうです。

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2004.02.11

エコツーリズム 日本と海外の差

エコツーリズム、エコツアー、という言葉がだいぶ認知されてきたようです。私自身が最初にこの言葉に出会ったのは、90年代半ばころだったでしょうか。
エコツーリズムとはなにか、ということは、世界的に議論になっており、いまだ確定した定義がないといわれています。エコツーリズムとは一種の考え方、あるいは哲学であり、その具現化がエコツアーとも言われています。

エコツーリズムを勉強しようと思っても、日本にはまだ書籍の数が少ないのも残念なことです。もちろん何冊かの良書はだされていますが、その数において、実は海外の書籍は圧倒的です。
ためしにアマゾンで検索してみると、
 「ecotourism」 967件
 「エコツーリズム」 9件
という結果です。
最近、アマゾンから2冊のエコツーリズム関連の洋書を購入したのですが、ひとつは407ページ、もうひとつは667ページ、という厚さです。
日本と海外では、それだけでも膨大な差がついているというふうに私は感じています。まだまだ研究しなくてはならないことが多いです。

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2004.02.08

スキー市場

JR東日本のスキー宣伝が話題になっています。ダチョウがスキー場をかなりのテクニックで滑っているシーンがでてくるCMです。CMによってスキーへの関心が高まってくると期待したいものです。それにしてもこの数年で、スキー市場はほんとうに冷え込んでしまいました。スキーといってももちろんスノーボードもふくんでおりまして、スノボが増えたといっても、スキー場自体に規定いる人は全体では落ち込んでおり、バブル経済の始まる前、80年代後半くらいの水準だそうです。

一方で、アメリカを見ますと、こちらはほとんど変わらないか、微増しているそうです。
アメリカのスキー場では、航空会社のようなマイレージを導入しているところもあります。実は、マーケティングがとても機能していて、スキー場特性をターゲットに合うようにいかした戦略を非常に緻密に推進しています。

このような事例を見ると、日本のスキー場もまだまだいけるのではないかと思っているのですが、利用者の視線をわすれているところが多いような気がして残念でなりません。

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2004.02.06

創造と編集

世界に同じことを考える人は少なくとも3人はいる、と、だれがいったのかは知りませんが、いかなるアイデアも、その人だけしか思いつかない、ということはないものだ、という意味でよく使われる文章です。
創造力は大事ですが、オリジナル、というのは唯一無二ということはなく、実は既存の情報をいかに編集するか、という能力が大事だということがいわれています。

編集、ということは松岡正剛という人の一連の書物に詳しく書かれていますが、そこでの編集という意味は、非常に奥の深いものです。言ってみれば、人間の営みすべてが編集だということです。
企画、というのも、編集の最たるものです。企画にどうやって創造性を盛り込むか。それはいろいろな人と情報交換をして、それをどうまとめるか、その編集の結果、今までにないものがでてくるのです。
優れた企画を作るということは、その企画に直接関係無いことをどれだけ知識として蓄積しているか、ということでもあります。例えば、経営が有機体である、というのは、その一例ですね。

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2004.02.03

インド

同僚が昨日までインドに研修旅行にいってきた、という話を聞きました。8日間、仏教にゆかりの地をめぐる研修旅行だったということで、バスや寝台列車にのってきたらしい。
ベナレスのガンジス川では本当に沐浴をしていた、牛はカーストのバラモンよりも上位にある、生まれ変わるときには牛になりたいとみんないっている、食事は本当に手で食べていた、なんていう話を聞き、インドという目的地への興味もさることながら、そういう話を興味深く聞く自分に気が付いて、旅行っていいなあ、とあらためて思いまして、そう改めて思った自分に対して少し驚きました。
実際に見ることはぜんぜん違う、とその同僚はいかにも新鮮に主張するのですが、そういう当然のことが新鮮に聞こえる、というのは、旅の持つ力、経験の絶対性なのかもしれません。いや、経験自体は相対的、あるいは主観的なのですが、経験をした、ということ自体に絶対性があり、それがある限り、旅をする行為はなくならないのではないか、と思います。

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