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2003.12.27

観光の批判と期待

観光は常に批判にさらされています。それは期待の裏返しでもあるといえます。問題なのは、批判されたとき、それに耐えうるだけの、観光の理論がないことです。
なぜ観光がいいのか。観光が功罪併せ持つことがきっちりと理論構築されていないか、あるいはそれが理解されていないか、そこに観光研究の大きな課題のひとつがあります。

たとえば、観光研究は「観光学」と呼ばれることがありますが、「学」問としての体系をどこにもっているか。

身近にある観光「学」の教科書を開いてみるとすぐにわかります。たいていは章ごとに共著になっていて、編者はいるものの、章を貫く編集方針をかかげているものはほとんどありません。
観光「学」の教科書ごとに、違うことが書いてあります。

その実態を称して学際的だ、という人もいますが、それはすなわち観光学ではない、ということです。
観光「学」とはなにか、ということは、改めて問い直す必要性を感じます。

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2003.12.25

鉄道旅行のこと

鉄道で旅行することを鉄道旅行といいますが、飛行機で旅行することを飛行機旅行とあえて言いません。鉄道で旅行すること、というのは、単に移動手段としてだけでなく、目的性の意図がこめられていることばのようです。
鉄道旅行の紀行文では、宮脇俊三という作家がいます。まことに残念ながら今年2月26日、76歳でなくなられてしまいましたが、私は高校生のころからの愛読者です。
鉄道のことがもちろん中心となる紀行文ですが、鉄道ファンだけでなく楽しめる文章です。
また、堀純一という作家は地図に詳しく、鉄道の廃線跡を読み取り紀行文を書いています。
廃線跡、というのは、歴史の必然を表現していて奥深いものがあります。

その他鉄道旅行については実にたくさんの楽しみ方があり、これも飛行機旅行、車の旅行とは違うところです。
面白いですね。

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2003.12.23

自然環境と観光資源

観光研究の奥深さを感じるときのひとつに、自然環境が観光資源になっているケースがあります。
観光には風光明媚なところをたずねる、という意味合いがあります。しかし、自然環境はもろい。地形学的にもめづらしい景観が第一級の観光地になっていることはよくありますが、地形というのはたまたま今の形をしているだけであって、どんどん風化されていきます。ずいぶん前に日光の華厳の滝のかたちがくずれて騒ぎになったことがあったように記憶しますが、長くその形をとどめているとは限りません。
宮城県の松島は、海岸の小島に松がはえ、なんともすばらしい風景です。しかしこの松がまつくいむしにやられて枯れているのだそうです。
詳しく調べていないので、現状がどうなっているかはわかりませんが、松が枯れているのは、人的な影響なのか、それとも自然の法則にしたがっているだけなのか。意見が分かれるところです。
観光産業から見れば、観光資源そのものの松島の松が枯れてしまったら大変なことだということです。

さて、この事実に対して問題をどう設定すべきか。松が枯れるのを防げばいい、あたりまえではないか、という意見が多くあるでしょう。たしかにそれはあっているように思えますが、私は他にも考え方があるような気がしています。

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2003.12.21

風が強く、急に冬らしい天気となりました。庭には名前がわからない赤い実がなっていて、食べ物が少なくなるこの季節には鳥がよく来ます。
いつも来る鳥は決まっていて、ヒヨドリ、シジュウカラを見ました。人影をみるとすぐに逃げてしまうので、部屋の中から双眼鏡で、ちょっとしたバードウォッチングをします。
今日は一羽だけ見慣れない鳥を発見しました。手元の図鑑で調べると、どうやらモズのようです。ただ、長い時間見ることできなかったので、確かではありません。
2年前、釧路湿原を見下ろす遊歩道を一人で歩いていたとき、名前のわからない野鳥に出会いました。あたりには人はいなくてしーんとしており、なんとも優雅な時間でした。
鳥の名前や樹の名前を知っていると、もっと旅行が楽しくなるだろうな、と最近よく思います。

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2003.12.16

すみたい街・町

それではいったい「すみたいまち」とはどのようなまちなのでしょうか。
仮に「すみたいまち」になったとして、そこは多くの観光客が訪れることになります。観光客が多く訪れ、日常が観光客の目に触れるまち、とは本当にすみたいまちなのでしょうか。
このあたりの議論は、社会学から援用するといいのではないかと思っています。
「観光と環境の社会学」(古川彰他編、新曜社、2003年)の中には参考になる研究が掲載されています(いくつかは読むに耐えないものもありますが)。
たとえば農水省が旗を振っている「グリーンツーリズム」。その実態がいくつか描かれています。しかし、都会の人が望むものと、それを必死で提供しようとして繁栄しきれない地域の姿とのギャップは、理論的にどううめることができるのか。
観光研究の中だけではなかなか見出せていないところです。

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2003.12.12

観光と地域づくり

観光地として旅行者から選択される基準が、昔とはずいぶん変わってきたことも、観光が地域づくりの切り口になったことの理由のひとつとして挙げられます。

以前は、国立公園はA級観光地とか言われたように、すでにある自然環境や歴史的建造物などが観光対象となっていました。これを物見遊山ということもあります。

現在もそういった形態の旅行が無いわけではありませんが、旅行慣れしてくるにつれ、観光の対象となるものも変化してきました。
いまは、極端な話、旅は日常からの脱却のはずなのに、住みたい町というのが観光地として選ばれるようにもなっています。
住みたい町、ということは、住民にとっては今まさに住んでいる町、これからもすまなくてはならない町に他なりません。
住民にとって住みたい町こそ、観光客が訪れる、という図式が成り立つわけです。

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2003.12.11

観光地と地域づくり

地域づくりにはいろいろな手法があります。必ずしも、観光だけが切り口ではありません。
しかし、一体なぜ観光が地域づくりの切り口になりうるのか。観光は地域のどういった点に貢献しうるのか。

まずは、観光に取り組むことにより、地域アイデンティティを見出しやすいという点があげられます。
地域アイデンティティというのは、地域が地域であることの存在意義のようなものです。これが無いと、住民は簡単に今住んでいる地域をすててしまう、つまり人口が流出してしまう、ということです。このまちにすんでよかった、ずっとすんでいたい、そうおもえることは、地域づくりの原点です。
観光は、他社の目にさらされることですから、他の地域と比較され、自分の地域との差異が明確になります。

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2003.12.10

閑話休題:論文2点

論文2点を公開しました。
最近興味を持っている複雑系と環境経営についてです。

複雑系は、この理論を援用するとより観光現象が解釈できる、という主旨で、まだまだ研究の入り口です。


環境経営は、中央大学助教授で冒険家の九里さんとの共同研究です。この論文は旅行業界にとってはだいぶ踏み込んで書きました。これもひきつづき追っていきたいと考えています。

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2003.12.09

学問の発展

「観光学」と呼ばれる学問があります。私も観光を研究し始めたころは、観光を学問分野のひとつと考える「観光学」に非常にわくわくしていました。
しかし、最近はみずからは「観光学」をいっていません。いくつかその理由はありますが、その理由のひとつに、学問的発展があまり感じられない、ということがあります。

あるテーマについて、個別研究があるとします。しかし、それが正しいとかちがっていることなどが議論されず、常に新しい個別研究が生じてくる。ではそれが新しい分野を切り開いているかというと、個別研究にとどまって学問の普遍性はない。
そこには反証可能性があまりなく、議論に発展しないのです。
教科書的な単行本は年に数冊発行されますが、どれも体系はばらばらで、おそらく学生はいったい観光学の基礎とはなにか、大変迷うことでしょう。
今日もまた「国際観光学」とめいうった新しい「学問」を発見しました。観光本にありがちな、複数著者による文章の寄せ集めで、全体が体系ずいているものではありません。

それに比べて諸外国の観光研究の本はとても整理されています。
そのような問題意識が日本の学界で議論されるといいのですが。

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2003.12.05

地産地消

「地産地消」という言葉をよくみかけるようになりました。ためしにネットで検索してみると、膨大な数がヒットします。
とくに地方行政が旗振り役になっているようです。
スローフードブームもあいまって、地元でとれたものを地元で消費する、という農政が主導権を握って進めているようです。

似たようなもので、B級グルメ、ご当地ブーム、というのもあります。いずれも地域のものを見直す動きと一致します。

しかし、地理学者にとってみれば「地場産業」という言葉が以前からあって、「地産地消」はいまさら、という感じがすることでしょう。地域おこしのはしりです。
地域で取れたものは地域で食べたら一番おいしい、というのは、例えばワイン文化はもともとはそういうことです。
その意味では「地産地消」という言葉が、なにか新しいものをさしているような語感をもってはいますが、中身はむかしからいわれているものでもあります。

いずれにしても、観光の立場からは、いいことだとは思います。

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2003.12.03

温泉文化

現在温泉ブームが続いています。
「かけ流し」という言葉があって、源泉をそのまま使っているかどうかが、偏執的にとりざさされているような気がします。
もちろんレジオネラ菌を発生させ死者が出るようなことは避けなくてはなりません。
しかし、温泉の効能というのは、単にかけながしかどうか、ということだけではないような気もします。

あるところで聞いた話では、湯治とは、温泉に入ることもさることながら、温泉が囲まれた自然から癒される力、食事、など、総合的に体を癒すことだ、ということです。

もし、温泉文化、というものがあるとするならば、温泉というものを通じて、人間社会が営まれているものが、文化を育むのではないでしょうか。

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