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2003.11.27

美作三湯

ながくお休みをしてしまいました。
月、火曜日と、美作三湯にいってまいりました。
美作三湯とは、湯原温泉、奥津温泉、湯郷温泉です。
関東ではなじみが薄いのですが、関西圏では有名です。

それぞれについては追ってご紹介しようと思いますが、かつて一度はにぎわったことのある温泉地は、どこも悩みがあり、しかし悩みながらもいいものをつくろうととても努力をしている、ということです。
しかし、今の時代、本当にいいのもでも必ずしも売れるとは限らない。しかし売れるものは本当にいいものでなくてはだめ、というとても複雑な時代。

地域の活性化にどのように観光をいかしていくか、この地域に今後積極的にかかわっていこうと思っています。

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2003.11.20

出張中

今は岡山にいます。
明日は倉敷方面の視察です。
このあたりはかつて学生時代に観光旅行できて以来です。

非常に素晴らしいところがたくさんあるのに、やはり観光が低迷しているところもあります。

低迷している観光地とはやっている観光地は何が違うのか。
資源がA級とかB級とかといったことではないはずです。

本当にその土地ならではのものはまだまだ開発できる、ということを
明日地元の方と議論をする予定です。

とても楽しみにしています。

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2003.11.19

右脳

左脳が論理的思考に機能することに対して、右脳は感情的、イメージ的、創造的な機能に作用するとはよくいわれることです。
右脳を使った能力開発は、あやしい物も含めて一種のブームになっています。

どちらがいいか、ということよりも、そのバランスが大事のような気がします。
企画の仕事や研究活動も、私はそのバランスを重視しています。つまりロジカルシンキングをしながらも、これだ! という企画ないしは結論は、右脳でも考えておく。
いい企画が生まれるときというのは、理屈ではなく、あるとき突然やってきます。研究についても、もちろん現象を解釈するのはだれもが納得するロジックでなくてはなりませんが、そのロジックを発見するのは、結構突然のことだったりします。

そんな経験がよくあるので、右脳は意識して鍛えるようにしています。昨日の観劇もその効果があると思っています。

あるいは、音楽を聴く、絵を見に行く、絵を描く、ということも意識をして時間をとると効果があるようです。

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2003.11.18

舞台の力

ときどき、演劇を見に行きます。下北沢の「ザ・スズナリ」などでの公演で、劇場に入る人数は2百人くらいでしょうか。
とても狭い劇場で、舞台俳優の息遣いがわかるくらいの距離です。
これくらいですと、ライブ、生(なま)、という言葉にふさわしい、一体感があります。なんともいえない感覚です。
ほんのそこに手の届きそうなところへ、日常のような舞台演劇が、しかし観客とは別世界が繰り広げられている。
それだけに、俳優や脚本のよしあしがダイレクトにつたわってくるような気もします。
私は観劇はほとんど素人ではありますが、なんどかいくうちに、そういう違いもわかるようになりました。
今度は11月26日~30日、グリング第8回公演「jam」(下北沢 ザ・スズナリ)を観にいく予定です。
実は、私の知人が出演していまして、みなさんもぜひ観にいってくださいね。(と、最後は宣伝モード。チケットぴあであつかっています!)

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2003.11.14

中国市場

本日の日経新聞に、JR西日本が中国の錦江グループと業務手形をした、という記事が掲載されました。
また、JR西日本は、上海で「佳日佳游(チィアリー・チィアヨウ)」キャンペーンを展開し、西日本エリアを積極的に販売していくことを発表しています。

ここにきて、旅行業界も中国市場を積極的に攻める傾向がでてきています。
中国市場の潜在力はいまさらいうまでもありませんが、これから、北京オリンピック、上海万博、とますます旅行市場も拡大しそうです。
しかし、この広大な市場をいったいどのように攻めればいいのか。市場がまだプリミティブな分、試行錯誤がつづきそうです。
でもその分、面白さもあります。
このような企業戦略を立てるのはわくわくします。

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2003.11.13

年寄りと引き際

今回の総選挙では、中曽根元首相の引き際が話題になりまして、あらためて年をとることと「引き際」について、考えさせられました。
これについては、まったく2つの意見があります。
ひとつは、年寄りの意見は経験をふまえてとても大事で貴重であるということ。
もうひとつは、その経験は所詮過去のものであり、老獪はさるべし、引き際が肝心、というものです。
私はこの2つの意味がどう違うのかがよくわかりません。都合のいいときに、使い分けられているだけのような気もします。
どちらも正しい、ということなのかもしれませんが、自分の身に降りかかると、結構重たい問題でもあります。

学会の権威者、会社の相談役など、個人的な嗜好からすればあまり好きではありません。自分自身は、50歳を過ぎたらもう年寄り、60歳は組織からは引退、というつもりでいるのですが、その年になったらどう思うことやら。


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2003.11.12

研究の意義

研究活動は何のためにやるのか、そういうことをたまに考えます。科学哲学、という分野があって、とくに自然科学の分野ではそのような思考の手法が提供されています。

では、観光研究は何のためにやるのだろうか。
私が気に入っているひとつのスタンスがあります。
それは、その研究が人を勇気付けるかどうか、人を幸せにするかどうか、ということです。
応用研究をしろ、ということだけではなく、基礎研究においても、その研究を何のためにするのか、というとつきつめれば人のあるいは社会の役に立っているから、と答えたい。

観光というのは、人のある意味根源的にもっている好奇心に基づいた行動です。好奇心というのは、人が種を保存するためにあらかじめ備えもっているものであるようです。
であれば、観光はどのように発展すれば、人にとって有益なのか。観光研究はそんなことをつねに意識しているべきだとも思います。

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2003.11.08

一人の食事

食事を一人で取るのは、特に夕食のときはなおさらさびしいものです。今日は仕事が立て込んでいて昼ごはんを一人でとったので、そんなことを考えたのですが、ヨーロッパ旅行に行ったときのことも思い出しました。

初めての海外旅行が欧州一人旅だったのですが、食事の時間は、国内旅行の時にはあまり感じなかったのですが、妙に人恋しくなったのを覚えています。
それは、欧州では男女がペアで食事をとる姿をよくみかけたからかもしれません。レストランに入れば、たいていはカップルです。一人でレストランで食事をしている人はまれでした。
でも、だからといって、一人だからということで変な目で見られた記憶もありません。
初めての欧州は3週間あったので、現地で同じように一人旅をしている人に声をかけ、一緒に食事をしたものです。
それは旅の楽しみの一つでもありましたが。

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2003.11.06

早い帰り

今日はひさしぶりに20時には帰宅しました。
しかし、時間がたくさんあるとおもうとかえってあまり何かをやろうという気分にならないものですね。
忙しいときのほうが、逆にいろいろなことを思いつくし、やりたいことがたくさんでてくる。

仕事を頼むときには忙しい人に頼め、といいますが、忙しい人は頼まれた仕事をすぐにかたずけるからだそうです。

常に何かをやっていなければきがすまなくなってしまう、というのも問題かとも思いますが、要はバランスの問題ということでしょうか。たまにはゆっくりするのもいい。

しかし文章もあまりまとまっていませんね。

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早い帰り

今日はひさしぶりに20時には帰宅しました。
しかし、時間がたくさんあるとおもうとかえってあまり何かをやろうという気分にならないものですね。
忙しいときのほうが、逆にいろいろなことを思いつくし、やりたいことがたくさんでてくる。

仕事を頼むときには忙しい人に頼め、といいますが、忙しい人は頼まれた仕事をすぐにかたずけるからだそうです。

常に何かをやっていなければきがすまなくなってしまう、というのも問題かとも思いますが、要はバランスの問題ということでしょうか。たまにはゆっくりするのもいい。

しかし文章もあまりまとまっていませんね。

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2003.11.01

ざりがにつりと目に見えない壁

先日ひさかたぶりにざりがにつりをしました。近くの公園でお金を取ってやっていたものですが、週末の行楽シーズンということもありたいへんにぎわっていました。

木の棒に、糸が付いていて、えさはするめの3cmほどのかけら、といういたってシンプルなしかけです。するめをざりがにの前に下げて、はさみにはさんだら吊り上げる、ということだったのですが、これがなかなかうまくいきません。ざりがには、そう簡単にははさまないのです。

それにしても、他の子供たちはもう何匹もつっている。たいしたものだとおもって、たまたま隣の人がつっているのを見ると、なんと! つり方がまったく違うのです。
糸をらせん状におろしていって、ざりがに絡ませてからつりあげている。

なるほど! だれもするめを食べされろ、とはいっていません。
要するに、これは人とざりがにの戦いなのです。からめとるなんて卑怯だ、なんていうのは、大人の先入観。どんな手法でも釣れば勝ち。つれなければ負け。
目に見えないバリアをいつの間にか自分でつくっていたんだ、ということに気が付き、ざりがにがつれなかったこと以上に、がくぜんとしました。

その後はもちろん、釣果は3匹!
でも持ち帰りにまたお金がかかる、という、突然資本主義の論理にもどったしだいです。

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